Research Projects

Development of Ultra-low-temperature&In-plane high magnetic field STM and visualization of FFLO superconductivity / 超低温・面内強磁場STMの開発とFFLO超伝導

超伝導は、20世紀初頭に水銀などの金属で初めて観測された物質の電気抵抗が消失する現象で、図1(左上)のように電子がペアを組み、形成された多くの電子対が低温で凝縮することによって引き起こされると理解されています。一般的な金属の超伝導を非常に良く説明するBCS理論では、電子対が運動量を持たないことが仮定されており、この仮定はこれまでに発見されたほとんどの超伝導体に当てはまります。一方、Fulde と Ferrell、LarkinとOvchinnikov は、BCS理論が発表されたすぐ後の1964年に、有限の運動量を持つ電子対(図1 右上)による超伝導の存在を予言しました。この超伝導は、図1(右下)のように、外部磁場等によってスピン偏極した電子系において、分裂した異なるバンドのフェルミ面に属する電子同士が対を組むことで生じると考えられています。この超伝導の最大の特徴は、この有限の運動量に対応した周期で、超伝導ギャップが空間的に変調した状態を基底状態に持ち、さらに電子系のスピン偏極度を外部磁場等で制御することで、その変調構造が変化するという点です(図2参照)。マクロにコヒーレントな量子状態として知られる超伝導が、このような不均一な構造を持つことは、驚きで、多方面からこの実現に向けた研究が行われてきました。このような超伝導(FFLO超伝導)は、希ガスのボーズ凝縮相による超流動 [PRL 95, 060404 (2005)] や、中性子星内部のクォーク対凝縮相(カラー超伝導)[Rev. Mod. Phys. 76, 263 (2004), Rev. Mod. Phys. 80,1455 (2008)] においても実現していることが議論されていて、幅広い物理学の分野に関係した普遍的な状態であり、その学術的な重要性は高いと言えます。このような、超伝導状態を観察するためには、超伝導を壊さずに、スピン偏極した電子系を作り出すことが必要となります。そのためは、2次元性の強い超伝導体の2次元面内に強磁場を加えることが有効であると考えられています。また、壊されやすい特殊な状態であるために、絶対零度に限りなく近い超低温での測定が必須となります。我々のグループでは、このFFLO超伝導の実空間観察を実現するため、最低温度50 mKの3He-4He希釈冷凍機と最大磁場14 Tの超伝導電磁石を組み合わせた、面内強磁場印加型の超低温STMの開発を行っています。

 図1: 超伝導における電子対とバンド構造
図2: FFLO超伝導の実空間観察の模式図

Application of spin-resolved STM onto quantum materials / スピン分解STMの量子物質への適応

近年のSTM/AFMを含む走査プローブ顕微鏡は広く科学・工学の分野で用いられ、多様な発展を見せています。物性物理学においては、特に前述のQPIと表面の磁性を原子スケールで調べることができるスピン偏極STMが知られています。この手法は、磁性電極間(磁性探針と磁性を持った表面)に流れるトンネル電流が、両電極の磁化の相対的な角度に依存して変化するというトンネル磁気抵抗効果に基づいて測定が行われます。このトンネル磁気抵抗効果は、ハードディスクの読み取りヘッドにも用いられています。この測定を通して、これまで主に非磁性基板上に蒸着された磁性薄膜やナノ磁性体が調べられ、ナノ・スキルミオンやスピンスパイラルなどの磁性超薄膜のノンコリニア磁性の発見へと繋がりました。この発見を通して、重元素基板と3d磁性金属の界面における界面ジャロシンスキー守谷相互作用の存在が確認され、その理解が進みました。また、最近では、この測定を元に、更に高周波を導入し、電子スピン共鳴を原子スケールで行うという実験が成功し話題を呼んでいます。このスピン偏極STMが、磁性が重要な役割を担っていると考えられる強相関超伝導体に適応されれば、超伝導と磁性との共存関係などを、実空間で局所的に調べることが可能となります。従来型の測定では、知ることができなかったこのような局所的な情報が得られれば、発見から半世紀経った今も、活発な研究が行われている非従来型超伝導の理解に、一石を投じることができると期待されます。我々のグループでは、このような目的を持って低温・強磁場STM装置の立ち上げを進めています。

Atomically-controlled growth of magnetic thin films by molecular beam epitaxy / 分子線エピタキシー法による磁性薄膜の合成 

Automation of high precision magnetometry down to 500 mK using a squid magnetometer / SQUID磁束計を使った500 mKまでの高精度磁化測定の自動化 

最低温度1.8 Kまでの高精度磁化測定が可能なQuantum Design社のMPMSは、世界中の多くの研究機関が有し、室温から極低温までの磁化測定における世界的なスタンダードとなっています。しかし、より低温での測定を行うためには、高額なオプションを購入する必要がある上に、折角の測定精度を数桁落とすことになってしまいます。九州大学の河江グループ(吉田准教授の出身研究室)では、この問題を解決するために、MPMSに導入可能な自作の3He冷凍機を製作し、測定精度を落とすことなく、測定温度領域を250 mKまで拡張することに成功されています。しかし、この測定では、3Heガスの蒸気圧を調整して温度を調整しているために、MPMSの自動温度制御を使うことができず、手動でバルブを調整して温度制御をするという手動での測定が必要となります。我々のグループでは、河江グループや金沢大学技術支援センターの島村技官と協力してこの測定の自動化を目指した技術開発を行っています。

Development of high-speed and high-resolution imaging technique based on compressed sensing and machine learning / 圧縮センシングと機械学習によるイメージング手法の高速化・高精度化

STM関連技術の中で、ここ十年で特に大きな発展を見せている測定法の一つに、準粒子干渉(QPI)という測定法があります。QPIはSTMの特徴の一つである走査トンネル分光(STS)を用い、二次元電子系や超伝導体、トポロジカル物質表面に束縛された2次元電子による電子定在波を観察し、そのフーリエ変換像を通して、系の分散関係や、超伝導の担い手であるクーパー対(2電子の対)の性質を知ることが出来る強力な手法として知られています。しかし、このQPIの測定には、数日から一週間に及ぶ測定時間を要し、作業効率が極めて悪いことで知られています。またこのような長時間測定に耐えうる非常に安定性の高い装置を必要とします。我々のグループでは、統計数理的手法であるスパースモデリングと機械学習の手法を適用し、この問題の解決に取り組んでいます。スパースモデリングとは、欲しいデータが、実は多くのゼロ成分を含む場合に適応できる手法であり、今回の電子の波のパターンを観察するというQPIの手法にはとても良く当てはまります。なぜなら、波のパターンをフーリエ変換し、その周期だけに興味があるからです(つまり実空間で周期がない部分はフーリエ変換した後にはゼロ成分と見なせる)。我々はこれまでに、ランダムに測定点をを減らしたイメージングデータを、スパースであるという仮定に基づいた機械学習によってフーリエ変換することで、理想的には測定数が9分の1まで減らせるということを、数値実験を通して明らかにしました。これは、長大な測定時間を要するQPIの測定をより汎用化させることができる可能性を示しています。また、QPIだけでなく、同様にスパースという仮定を適応できる測定手法には、この手法が適応できると考えます。現在我々は、実際にランダム計測を行い、この手法を用いて解析することで、QPI測定の高速化・高精度化の実用化を目指した研究を進めています。

銀表面における電子定在波のSTS像とそのフーリエ変換像